静岡の春を語るうえで欠かすことのできない存在が、静岡浅間神社の例大祭「廿日会祭」です。
古くから多くの人々を集めてきたこの祭礼は、現在も春の静岡を彩る伝統行事として受け継がれています。

そして静岡まつりも、この廿日会祭に呼応する形で昭和32年(1957年)に始まりました。長い歴史を持つ祭礼と、市民のまつりとして生まれた静岡まつり。それぞれ異なる歩みを持ちながら、同じ春の駿府を舞台に、まちににぎわいをもたらしてきました。

静岡浅間神社と静岡の春

静岡市葵区の賤機山のふもとに鎮座する静岡浅間神社は、古くから「おせんげんさま」と親しまれてきました。
神部神社、浅間神社、大歳御祖神社の三社を総称して静岡浅間神社と呼び、駿河の歴史とともに長く信仰を集めてきた神社です。今川氏や武田氏、徳川氏など、駿府に関わった武将たちとも深いゆかりがあります。

その静岡浅間神社で、春に行われる例大祭が「廿日会祭」です。
現在は毎年4月初旬に行われ、かつては町場だけでなく山間部や市外からも多くの人々が訪れる、静岡を代表する祭礼としてにぎわいました。

春になると人々が浅間神社へ集い、まちにもにぎわいが広がる。
そうした風景は、長い年月を通じて静岡の春の記憶として受け継がれてきました。

廿日会祭とは

「廿日会祭」の名は、かつて旧暦2月20日に行われた祭礼に由来するとされています。

現在の廿日会祭は4月初旬に行われ、そのクライマックスを飾るのが「稚児舞楽」です。
祭りの最終日である4月5日には、稚児がお踟などとともに市内を行列し、静岡浅間神社に到着した後、大祭に続いて舞楽が奉納されます。

華やかな稚児の姿と、まちなかを巡るお踟。
神社の境内だけではなく、まちそのものにも祭礼のにぎわいが広がっていくところに、廿日会祭の大きな魅力があります。

現在伝承されている稚児舞楽は、「振鉾」「納曽利」「安摩・二の舞」「還城楽」「太平楽」の五段です。令和4年(2022年)には、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

家康公と稚児舞

廿日会祭の稚児舞楽には、徳川家康公との深いゆかりも伝えられています。
一方で、その歴史は家康公の時代よりさらに古くまでさかのぼります。

戦国時代の公家・山科言継の日記『言継卿記』には、弘治3年(1557年)、駿府に滞在していた言継が浅間神社の稚児舞を見物した記録があります。当時は、現在の静岡市葵区建穂にあった建穂寺から、稚児舞楽が浅間神社へ奉納されていたと考えられています。

その後、家康公の時代にも稚児舞は厚く保護され、近世へと受け継がれていきました。

静岡まつりの旧来の記事では、今川氏の衰退後に一時衰えた舞を、家康公が大御所として駿府に入った後に再興したという伝承も紹介しています。

つまり稚児舞は、「家康公が始めた舞」というよりも、それ以前から駿府に伝わっていた芸能が、家康公の時代にも大切に受け継がれたものと見ると、その歴史の長さがよく分かります。

今川氏の時代から徳川氏の時代へ。

時代が移り変わっても、春の駿府では人々が集い、舞を奉納する文化が受け継がれてきました。

家康公の時代より前から続く稚児舞

廿日会祭の稚児舞楽の歴史は、徳川家康公の時代よりもさらに古くまでさかのぼります。

戦国時代の公家・山科言継の日記『言継卿記』には、駿府に滞在していた言継が稚児舞楽を見物したことが記されています。静岡市の資料では、弘治2年から3年(1556〜1557年)に言継が駿府に滞在し、建穂寺の稚児舞楽を見たことが確認されています。

当時は、現在の静岡市葵区建穂にあった建穂寺の稚児舞楽が、浅間神社で奉納されていたと考えられています。
その後、近世になると稚児役は幕臣の子弟、さらに町衆の子弟へと移り変わり、現在は氏子の中から選ばれる形へと受け継がれてきました。

時代が変わり、まちの姿が変わっても、春の駿府で舞を奉納する文化は受け継がれてきました。

今川氏の時代から徳川氏の時代へ、さらに現在へ。
稚児舞楽は、静岡のまちが歩んできた長い歴史を伝える存在でもあります。

静岡まつりへ受け継がれた春のにぎわい

現在の静岡まつりと廿日会祭は、同じ祭りではありません。
廿日会祭は静岡浅間神社に伝わる歴史ある祭礼であり、静岡まつりは昭和32年(1957年)に始まった市民のまつりです。
しかし、両者は同じ春の静岡を舞台に、人々が集い、まちなかににぎわいを生み出してきました。

静岡まつりは、古くから静岡の春を彩ってきた廿日会祭に呼応する形で始まりました。
桜の季節に人々が集い、行列や舞、芸能のにぎわいがまちへ広がっていく・・・。

その春の風景は、形を変えながら、現在の静岡にも受け継がれています。

静岡浅間神社の廿日会祭と、市民によってつくられてきた静岡まつり。
それぞれの歴史と役割は異なりますが、どちらも静岡の春を彩り、人々が集う時間をつくり続けています。
静岡まつりを歩くとき、その背景にある廿日会祭の歴史を知ることで、春の駿府の風景は、また少し違って見えてきます。