薩摩土手の説明
薩摩土手とは、甲斐の武田信玄が築堤した「信玄堤」の方法を真似たもので、強い川の流れに逆らうことなく、幾つもの枝となる堤を造りました。その形が、雁(がん)が夜空を飛んでいる形に似ているため「雁行性(がんこうせい)堰堤(えんてい)」と呼ばれました。
薩摩土手の大工事は、慶長11年(1606)ころから家康公は駿府城拡張工事にともない、全国の諸大名を動員し「天下普請」(公共事業)として工事に参加させた。中でも薩摩の島津(しまづ)忠(ただ)恒(つね)は、500石積みの船150艘に石や材木を積んで参加しという。その材料で築かれたのが駿府城の外郭を守る薩摩土手です。